Lost Knight
〜迷子の騎士〜

『お前は強くなる。決して己を見失うな』
暖かい光に包まれているような感じがした。
深くて、力強い誰かの声がした。
『強くなれ、ミナミ』
ゆっくりと、力強く繰り返す。
『強くなれ。そしてこの国を守れ』
わかってるよ。でも、あんたは誰?
 
 
 
強く、肩を揺すぶられている。それでも、起きるのが億劫でまだ微睡んでいたかった。
しかし、しつこく肩を揺すられ、いっこうに諦めてくれる気配がない。
思わず、その手を強く振り払い、もう一度夢の中へ旅立とうとする。
「…ちょっと。起きてよ。朝だよ?ねぇ、おいってば。バーカ アーホ マヌケー…う゛ぅ!?」
侮辱の言葉にミナミは飛び起き、その途端にユウヤの顔面とミナミの頭が見事にぶつかった。
ユウヤのほうは、床に転がり顔を両手で抱え、激しく悶絶するほど痛かったらしいが、ミナミはそ
れほどでもないらしく不思議そうな顔でユウヤを見下ろす。
「…何やってんの?」
起きたばかりなためか、少々不機嫌そうにユウヤを一瞥し、すぐに周りに目を移す。
そして息を飲んだ。
周りは色合いは地味なのだが、清潔感の溢れる綺麗な壁。どこかの宮殿のようだった。
自分がいるのが、ひどく場違いな気がして少しひるんだ。
「なぁ、赤月。ここって…」
まだ床で激しく悶絶しているユウヤに問いかけようとしたとき、扉が静かに開いて音もなく女の人
が入ってきた。
白地の長いドレスのようなものを着ており、綺麗な栗色の髪が肩のあたりで揺れている。
ミナミの姿を認めると、花が咲くように綺麗に笑い、こちらに小走りで駆け寄ってきた。
「ミナミ姫。お待ちしておりました」
そう言いながら体当たりするようにミナミに飛びついてきた。
「あっ!」
女の人の顔を見、思わず声を上げる。夢の女の人だったのだ。
「ずっと、お待ちしておりました。ミナミ姫。お会いできて嬉しいです」
丁寧に話す声はその容姿にぴったりの綺麗な声。
女の人はミナミの首に巻き付けていた細い腕をほどくと、涙目でにっこり笑い、
「おかえりなさい」
と言った。その容姿の端麗さに思わず見とれながら、
「た、ただいま…」
と小さく言うと女の人はさらに笑みを深くした。
つられてミナミも笑みを浮かべる。2人で笑いあっていると後ろから不機嫌な声がした。
「あのさ。ミナミ姫帰ってきたのに歓迎はルーシャ様だけ?」
まだ痛そうにミナミとぶつかったところをさすりながら問う。
「ユウヤ、それはあなたが急になんの連絡もよこさず帰ってくるのが悪いのです」
そうユウヤを諭しながら、ミナミに向き直る。
「覚えてないとのことなので自己紹介をいたします。私はルーシャ・アナル。風の能力者です」
「あ、鈴木南です。ホントの名前はまだ知らないです。よろしく、ルーシャさん」
少し苦笑しながら、
「本当に、全て忘れてしまっているんですね。丁寧語でなくて構いません。それと、ルーシャとお呼びください。あなたの本当の名前は、ミナミ・ディーパンと言います」
そう言い、かすかに目を伏せる。
しかし、すぐに笑顔に戻りミナミの手をとって言った。
「皆にミナミ姫が帰ってきたと知らせなくては。それから、お部屋をご案内します」
「あ、ありがとう。あたしのこともミナミって呼んでいーよ。姫ってなんか慣れてないからなぁ」
そうですか、とルーシャは小さく笑い、ミナミも小さく笑う。
心を穏やかにしてくれる人だ、とミナミは思った。
涼やかに、穏やかに。誰かの心に滑り込んでくる。
でも、それは強要ではなく、気持ちのいい風のように吹き込んでくる感じだった。
優しくしたい、と心から思わせる人。
ルーシャはまさしく穏やかな、そよ風のような人だった。
「それでは、広間にご案内いたします。とりあえず、能力者に挨拶を。その後、ミナミの部屋に
案内します。城の者に挨拶をするのは明日でいいでしょう」
そう言い、ミナミの手を引き歩き始める。
ミナミがルーシャに半歩遅れて、その一歩後ろをユウヤがついて歩く。
宮殿はどこまでも清潔感に溢れていた。
壁も、床も、全てが綺麗だった。汚れた様子を思い浮かべることなどできないくらいだ。
ルーシャの後に続きながらキョロキョロ見回す。
そして、まるで都会に来た田舎の娘みたいだな、と苦笑する。
「めずらしいですか。宮殿は」
ルーシャがこちらを向いて静かに聞く。
「うん。しかもこんなに綺麗だし。すごいな。毎日掃除してるのか?」
「いいえ。毎日ではありません。気が向いた時に」
ミナミが驚きの表情を浮かべるとルーシャがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「これは全て、アリーナと私の共同作業で行っているのです。気が向いた時に、アリーナが宮殿
全体を水で綺麗に洗ってしまうんです。それから私が風で乾かします」
「ふぅん。じゃあ、アリーナ…さんは水を使う人なんだな。でも、それって結構大変な作業なんじゃ
ないのか。こんな広い宮殿洗い流して、乾かすのに時間かかるし…」
ルーシャがいたずらっぽい笑みのままで、首を横に振る。
「いいえ。風を調節すれば早く乾きます。いつもは熱風を吹かせて乾かしています」
ルーシャが心底楽しそうに目を細める。
「今度はミナミもいるのだから、火に協力してもらえば早く乾きますね」
「そんなことできるのか?」
「できますよ。ミナミが使い方さえ覚えれば」
嬉しそうに笑うルーシャを見ていると、こっちまで楽しい気分になってくる。
自然と頬を緩めながら、ミナミも楽しそうに目を細めた。
「うん。じゃあ、今度はあたしも手伝う。あ、でも、中にいる人たちは?どうしてるんだ?」
「宮殿の中の者たちにはかからないように膜を張っています。でもなかには水を浴びて楽しむ者
もいますね。そういうときはアリーナは水の勢いを少し弱めているようです」
「いいな。楽しそうだ」
「楽しいですよ。今度はミナミも一緒にできますしね」
うん、と頷くと嬉しそうな顔が返ってくる。
昔からの友達のような感覚。
たわいのない話で、それでも一緒にいると感じれる友達。
ふと、桜を思い出す。
一生会えないかもしれない。仲直りをしてくればよかったと後悔する。
それでも、ミナミはここに来たことを後悔しない。
自分で決めて、ここに来たのだ。戦争を終わらせるために。
「…ルーシャ」
「何でしょう?」
「あたしは、ここのことを知らなさすぎる。あたしがここに来たのは、馬鹿げた戦争を終わらせる為
なんだろ?あたしは、何をすればいい?」
ルーシャが静かに目を伏せる。
悲しげな光を灯すその目を見て、ひどく胸が痛んだ。
ルーシャが目を上げ、ミナミの後ろにいるユウヤを見る。
「ユウヤ、あなたはどこまで説明しました?」
それまで一言も喋らなかったユウヤがゆっくりと口を開いた。
「…戦争の理由と、能力者。それくらいかな」
「そう。では、ミナミ。あなたのやるべきことは、統べること。全てを指導し、率いることです」
振り向かず、ルーシャが続ける。
「私たちは、あなたに着いていきます。助言もします。けれど、道を切り開き、進むことを選ぶのは
あなたです。そして、くだらない戦争を終わらせるのもあなたです」
ルーシャが立ち止まり、目の前にある扉に手をかける。
「詳しくは、私とアリーナと、それからアイリスで説明します」
静かに、ルーシャのほっそりとした手が扉を押す。
まだ、始まってなどいない。
これはほんの序章。
自分の歩む道をなんとなく、思い描きながらそれは決して楽な道ではないと悟る。
戦争を終わらそう。
その為に、強くなろう。
ルーシャの開けた扉の向こうを見つめながらミナミは静かに決意した。
 
 
扉の向こうにまず、確認したのは、長い髪を一つに束ねた背の高い女の人。
黒を基調とした身体にフィットした服を来ている。
その隣には、女の人よりさらに背の高い無表情な男の人。
背の高い女の人は、こちらを向き、凛とした声を放った。
「ミナミ・ディーパン?」
ミナミが返事を返す前にこちらに駆け寄ってくる。
ルーシャのように体当たりするような抱擁ではなかったが、それでも勢いよくミナミに抱きついた。
「おかえりなさい。よく帰ってきたわね」
薄く微笑む女の人に、曖昧な笑みを返す。
「えっと…。帰りました」
「あぁ、そうね。覚えてないのよね。私はアリーナ・ウィルネ。水の能力者よ」
「えぇっとー。ミナミ・ディーパン?です。火の能力者?です」
ところどころに疑問符をつけて自己紹介をするとアリーナが声をあげて笑う。
思ったよりも豪快な笑い方だった。
「慣れてないのね。無理もないわ。私のことはアリーナでいいわ。これからよろしく、ミナミ」
「あ、うん。よろしく」
ふと見上げると、アリーナのすぐ後ろには背の高い男の人が控えている。
近くで見ると、さらにでかく、迫力があった。
ミナミの視線に気づいたのか、アリーナが男の人を指し、
「この人は、ナータ・カチス。私の付き人。守り人でもいいわ」
ナータが無表情にミナミに軽く頭を下げる。
迫力に気圧されて、ミナミは深々と礼をする。
「ルーシャ様!!」
急にミナミの背後から柔らかい声がし、振り向くと深緑のような色の髪の青年が駆けてきていた。
「ルーシャ様!探しましたよ!アイリス様がまた癇癪を起こしまして…」
青年は息を切らせながら、ルーシャを見、その隣にいるミナミを見た。
一瞬、驚いたように目を大きく見開き、すぐに満面の笑みになった。
「ミナミ様!?お戻りになられたんですか」
にっこりと笑い、ルーシャの方をちらりと見る。
ルーシャが頷くとそれがOKの合図だったようで自己紹介を始める。
「ローグ・ユリセスといいます。ルーシャ様の付き人です。よろしくお願いいたします」
礼儀正しく、さきほどのミナミよりも深々と礼をする。
「ぅおぉぉ。こちらこそ、よろしくです」
なんとなく、ローグが光って見えたので思わず奇声を発しながらミナミも礼をする。
そして、後ろにいたユウヤの方に振り向き、ニヤリと笑ってやった。
「お前もローグさん見習えよ」
「やだよ。そんなに腰の低い態度で接してたら腰痛めるだろ」
不機嫌に言い返し、そっぽを向く。さっきの事故のことをまだ根にもっているらしい。
「ローグ、アイリスが癇癪を起こしたというのは?」
ルーシャが静かにローグに聞く。
ローグがルーシャに向き直り、眉を少し寄せてみせる。
「はい。詳しい経緯は僕も聞いてはいないのですが…。ウィゼによりますと、警備の者にまた何か
言われたとか…。ウィゼが今懸命になだめてはいますが…」
「そうですか。では、また新しいアイリスの部屋を用意せねばなりませんね」
ルーシャがふぅ、と短くため息をつく。
手のかかる子供を持って大変だわ、とため息をつく主婦のようなかんじだった。
「では、ローグは警備の者に事情を聞くように。ユウヤも着いていってください。
それから、ナータはアイリスの部屋に。ウィゼを手伝ってあげてください」
ローグが頷き、ユウヤがめんどくさそうに頭をかく。
2人が共に出ていったのを見届けると、ナータが素早く部屋を出ていった。
残されたのは、ミナミ、アリーナ、ルーシャだけとなった。
少しの間をあけて、ルーシャが気を取り直したようにミナミに向き直る。
「ごめんなさい、ミナミ。今日はアイリスには会えそうにありません」
「あ、いや。全然。それより、アイリスって子大丈夫なのか?」
アリーナも短いあきれたようなため息をつく。
「アイリスはまだ10歳なのよ。それで、戦争にかり出されるっていうんだからどんでもないわ。
けれど、まだ子供のアイリスにひどいことを言う大人がいてね。私たちも気をつけてはいるのだけ
ど、どうしてもね。それで、あの子すぐに癇癪を起こすようになっちゃったのよ」
悪い子ではないのよ、と慌てたようにアリーナが言う。
ルーシャもそれに同調し、少し悲しそうに眉を寄せる。
「能力者たちは、だいたい同じ年に生まれてくるのです。1年や2年くらいの前後はありますが、
皆それほど変わらぬ年なのです。私は今16なので、ミナミより少し年上ですね」
アリーナがルーシャのあとを引き継ぐ
「私は18よ。みんなよりちょっと早めに生まれちゃったのね」
「あたしは15だからちょっと遅めだったんだな」
アリーナとルーシャが揃って頷く。
「でも、アイリスはミナミが5歳だったときに生まれてきたんです。ミナミがちょうど異空間を作って
しまった年ですね。アイリスはミナミがいなくなった後に生まれたんです」
「雷の子はもう生まれないんじゃないのか、とも言われていたのよ。雷の血は薄まってきてるので
はないか、とね。でも、雷の子はちゃんと生まれた。アイリスはちゃんと雷の能力を持っている。
でも、生まれてくるのはあまりに遅すぎた。そのせいで色々周りから言われるのよ。しょうもない
連中にね。今日もそのせいで癇癪を起こしたみたいね」
アリーナが言い、少し肩をすくめる。
「具体的にどんなことを言われたりするんだ?」
ミナミが尋ねると2人とも困ったように顔を見合わせ、慎重に口を開いた。
「うん…。そうね…。憐れむようなことを言われたり、幼いのをからかわれたり…とかね」
ルーシャが遠慮がちにアリーナの後に言葉を重ねる。
「アイリスは子供で何が悪い、とよく部屋を焦がしてしまうのです。感情が高ぶるとすぐに能力を
使ってしまうみたいで…。それには皆手をやいているのです」
「少し前にはもうちょっとで死者が出てしまうところだったわ。ナァレ様が鎮めてくださったけど」
「ナァレ様?」
ミナミが口を挟むと、アリーナがすぐに答える。
「あなたのお母様よ。最も、今はご病気でベッドからは起きあがれないのだけれど」
「あ、あたしのおかーさま?ホントの?」
アリーナがえぇ、と頷く。
「えっ。でも、寝たきりでどうやって騒ぎを鎮めれたんだ?」
ミナミの疑問に今度はルーシャが答える。
「ナァレ様は、遠距離での攻撃に誰よりも秀でておいでです。けれど、本当はナァレ様のお体に
負担がかかるので能力の使用は禁止されていたのですが…」
「…大丈夫だったのか?」
「はい。死者も出ず、ナァレ様のお体も無事でした。アイリスはその件については深く反省して、
自分から罪人の入る独房へと出向いたくらいでした」
「そっか」
短く答え、小さくため息をつく。
そんなに熱を入れて話したつもりはないのだが、やたらと疲れていた。
ややこしすぎる。
ミナミの脳はそんなに大きな容量を持ってはいない。
これ以上、慣れていない能力の話や本当の母親の話をされると知恵熱が出そうだった。
それを見越したのか、ルーシャとアリーナが顔を見合わせ、ルーシャがミナミの肩に手を置く。
「ごめんなさい、ミナミ。今日は来たばかりでお疲れでしたよね。私とアリーナでミナミの部屋に
ご案内します。今日はもう休んでください。明日、またここのことを詳しく話します」
「うん。ごめん」
そう言われると急激な眠気に襲われた。
テスト週間中に2日間ほど徹夜して勉強したときの感覚に似ている。
「いいのよ。明日ならアイリスも出てこれるでしょう。あと、ナァレ様の調子がよければ、明日
ナァレ様に会えるわね」
うん、と返事したつもりだったが届いたかどうかわからないくらい小さな声だったかもしれない。
それからどうやって部屋に行き、どうやって眠ったのかは謎だった。
しかし、夢を見たのは覚えている。
深くて力強い、誰かの声。
『真の意味で強くなれ』
そう、その声は繰り返していた気がする。
わかったよ、頑張る。と頷くとその声が小さく笑った気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
フフフフフフフフフフフフフフ。(キモイ。長い
やっちまいましたよ。阿形氷菜!
ついにやっちまいましたよ!
もう、今までの中で一番わけわかんない話になっちまいましたよ!
書いてる途中で『あたし何書いてんだろう?』みたいな疑問までもっちまいましたよ!
しかも、なんか微妙に自分で書いた覚えのない文章あってびっくりしましたよ!(怖っ!
ふぅぃー。どうしましょう。なんだか無理矢理終わらせた感びんびんですね。
次回はもうちょいましな文章が書けることを祈って…。
頑張ります。押忍。